介護のはじまりガイド
延命治療の選択 — 家族が事前に話し合っておくべきこと
「もし意識がなくなったとき、延命治療をどうするか」——親が病気と闘う姿を見ながら、そんな問いが頭をよぎったことはありませんか。答えを出さなければならない日は、思ったより早く来ることがあります。しかしほとんどの家族は、本人の意思を事前に聞けていません。この記事では、延命治療とは具体的に何をする処置なのか、誰が決めるのか、どうすれば本人の希望を残せるのかを、できるかぎり平易な言葉で整理しました。「まだ先のこと」と感じていても、今のうちに知っておくことが、家族全員を守ることにつながります。
公開: 2026-06-21
延命治療とは — 具体的にどんな処置のこと
「延命治療をするかどうか」と言われても、具体的に何をするのかよくわかっていなくて。何か処置をお願いすることになるんですか?
延命治療とは、病気や老衰が進んで自然な状態では生命維持が難しくなったとき、医療的な手段で生命を延ばそうとする処置の総称です。「治す」というより「時間を延ばす」という意味合いが強く、処置の内容によっては本人に苦痛を与える場合もあります。主な処置を確認しておきましょう。
| 処置の種類 | 内容 | 主な苦痛・リスク |
|---|---|---|
| 人工呼吸器(気管挿管) | 気管にチューブを入れて機械で呼吸を補助する | 話せなくなる、口腔・気道の不快感、感染リスク |
| 心肺蘇生(CPR) | 心停止・呼吸停止時に胸骨圧迫や電気的除細動で心臓を再起動させる | 肋骨骨折、脳への血流不足による後遺症リスク |
| 経管栄養(鼻腔・胃ろう) | 鼻からチューブを入れるか、胃に穴を開けてチューブで栄養を送る | チューブの不快感、誤嚥性肺炎のリスク、活動制限 |
| 中心静脈栄養(TPN/IVH) | 首や鎖骨下の静脈から高カロリー輸液を送る | カテーテル感染リスク、血栓症 |
| 人工透析 | 腎臓が機能しなくなった場合に機械で血液を濾過する | 週3回前後の通院・通院負担、低血圧発作 |
| 昇圧剤投与 | 血圧が低下したとき薬で血圧を上げる | 臓器への血流分配が変わり、苦痛を増す場合がある |
※ 延命処置は疾患の状態・段階によって適応が異なります。医師からの具体的な説明を受けてご判断ください。
どれも「してあげたい」とも「つらそうだから嫌だ」とも思ってしまいます。どう考えればいいんでしょうか。
医療・介護の世界では、本人が自分の治療方針を決める権利(自己決定権)が最も尊重されます。家族がどう思うかより、本人が望むかどうかが基本の判断軸です。だからこそ、本人の意思を確認しておくことがとても大切になります。
- 延命処置をしない選択は、医療倫理的に正当な選択肢のひとつです
- 苦痛の緩和を最優先にする「緩和ケア」は、延命処置をしない場合も受けられます
- 「何もしない」のではなく、「苦痛を和らげることに集中する」という積極的なケアが続きます
「するか・しないか」を決めるのは誰
親が意識のないまま病院に運ばれたとき、最終的には誰が決めるんですか? 家族が一致していなかったらどうなるんでしょう。
原則は本人の意思です。本人が事前に意思を示していれば、それが最優先されます。問題は、本人が意識を失った状態で意思を示せない場合です。その場合は、医療者と家族が話し合いを重ねながら、「本人なら何を望むか」を推定して決めていくプロセスになります。
| 状況 | 誰が判断するか | 根拠 |
|---|---|---|
| 本人が意思を示せる状態 | 本人 | 医師は説明し、本人が選択する |
| 本人が意思を示せないが、事前指示がある | 事前指示書・リビングウィルに基づく | 本人の意思の代理 |
| 本人が意思を示せず、事前指示もない | 家族(キーパーソン)と医療チームで協議 | 推定意思に基づく代理決定 |
| 家族間で意見が対立する | 医療倫理委員会・緩和ケアチームが調整 | 施設によって対応窓口が異なる |
※ 日本では延命治療の拒否・中止について法的に明確な規定はありませんが、「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(厚生労働省、2018年改訂)が医療現場の指針となっています。
兄弟の間で意見が分かれてしまったら、どうすればいいんでしょうか。
家族間で意見が割れた場合、医療者だけで解決するのは難しい場面もあります。多くの病院には医療倫理委員会や緩和ケアチームがあり、家族と医療者の橋渡し役として調整に入ってもらえます。遠慮なく「話し合いに入ってもらえますか」と申し出てください。また、医療ソーシャルワーカー(MSW)に相談することも有効です。
- 医療者が家族に説明・相談する際の窓口となる人を「キーパーソン」と呼びます
- 入院時に誰をキーパーソンにするか確認されることが多いです
- キーパーソンが一人で抱え込まず、家族全員で情報共有できる体制を作っておくと安心です
リビングウィルと事前指示書
「リビングウィル」という言葉を聞いたことがあります。どういうものなんですか?
リビングウィルとは、自分の意思を自分が元気なうちに書面で残しておくもので、「生前意思表明書」や「尊厳死宣言書」とも呼ばれます。意識を失ったとき、本人の代わりに意思を伝える書類です。日本尊厳死協会(NPO)が普及を進めており、書式も公開されています。
- 希望する処置: 苦痛を和らげる緩和ケア、告知を受けること など
- 希望しない処置: 回復の見込みがない場合に人工呼吸器・心肺蘇生・経管栄養を望まない など
- 代理人の指定: 自分が判断できなくなったとき、意思決定を委ねる人(家族または信頼できる第三者)
- 臓器提供の意思: 希望する・しないの表明(任意)
書いておけば、必ず医療の現場で守ってもらえるんでしょうか?
現在の日本では、リビングウィルに法的拘束力はありません。医師が従わなくても法律上の問題は生じません。ただし、厚生労働省のガイドラインでは「本人の意思を最大限尊重する」と示されており、書面が存在することで医療者・家族間の合意形成はずっとスムーズになります。書いておくことには大きな意味があります。
| 種類 | 作成主体 | 特徴 | 入手方法 |
|---|---|---|---|
| リビングウィル(尊厳死宣言書) | 本人(NPO書式を使用) | 一般社団法人日本尊厳死協会が管理。会員向けに登録証を発行 | 日本尊厳死協会(https://songenshi-kyokai.or.jp/) |
| 医療機関の事前指示書 | 本人(医療機関の書式を使用) | 入院する病院が独自に作成している書式。内容は施設によって異なる | 担当医師・病棟看護師に依頼 |
| 事前指示・ACP(人生会議)の記録ノート | 本人・家族(医療者の伴走可) | 厚生労働省が推進する「人生会議」の枠組み。書式は自治体・医療機関により異なる | 市区町村・かかりつけ医・地域包括支援センター |
※ どの書式でも「かかりつけ医・入院先病院と共有する」ことが最も重要です。書いただけで引き出しの中にしまわないようにしましょう。
書いた後、病院にどう伝えればいいですか?
かかりつけ医や入院先の主治医に直接手渡しするのが確実です。コピーを取って病院のカルテに添付してもらうよう依頼するとよいでしょう。また、家族が持ち歩けるようにコピーをお財布や救急セットに入れておくと、救急搬送された際にも役立ちます。
本人と話すタイミングと切り出し方
実際に親に話しかけるのが一番難しいんです。「死ぬかもしれない」という話を自分からするのは、親を傷つけてしまいそうで。
その気持ちはとても自然なことです。多くの家族が同じ思いを抱えています。大切なのは「死の話をする」というより、「もしものときにどうしてほしいか、あなたの気持ちを聞いておきたい」というスタンスで話すことです。テーマは「死」ではなく「あなたの希望」です。
- 定期受診や入院の前後: 医療に関係する話が自然に出やすい
- お盆・正月などに家族が集まったとき: 「もしものとき」を話題にしやすい
- 親戚の葬儀や友人の話が出たとき: 「ああいうときどうしたい?」と自然に聞ける
- 本人が健康なとき: 体調が落ち着いているうちに聞いておくのが理想
どんな言葉で切り出せばいいでしょうか。
たとえば、「お父さん、もし入院するようなことがあったとき、どこまで治療してほしいか、聞いておきたいんだけど」「テレビで延命治療の話が出てたんだけど、お父さんはどう思う?」のように、日常の話の流れから入ると自然です。正解の言葉はなく、あなたの言葉で伝えることが大切です。
話したくないと言われたらどうすればいいですか?
無理に話を続ける必要はありません。「また機会があれば聞かせてね」と伝えて、その場は引き下がりましょう。何度もしつこく迫ると、かえって心を閉ざしてしまいます。本人が話したくないときは、訪問看護師やかかりつけ医、医療ソーシャルワーカーに「家族との対話のきっかけを作ってほしい」と相談するのも有効な方法です。
- 緩和ケア医・緩和ケアチーム: 延命治療の選択について、本人・家族・医療者が一緒に話し合う場を作ってくれます
- 訪問看護師: 在宅での療養中に、本人の気持ちを引き出すのが得意な方も多いです
- 医療ソーシャルワーカー(MSW): 病院の相談室に在籍しており、家族が話し合いの場を持つための調整をしてくれます
決めた後で気持ちが揺れたら
「延命治療はしない」と家族で決めたとしても、いざそうなったとき「本当によかったのか」と思ってしまいそうで怖いです。
その不安は、多くの家族が実際に経験することです。意思決定後に揺れる気持ちは、愛情の自然な表れです。「もっと頑張ってあげればよかった」という罪悪感は、あなたが親のことを深く思っているからこそ湧いてきます。
決めた後で「やっぱり変えたい」と思ったら、変えることはできますか?
はい、意思はいつでも変更できます。リビングウィルも、本人が意識のある状態であれば書き直しができます。主治医にその旨を伝えれば、医療チームは新しい意思を尊重してくれます。一度決めたことが絶対に覆せないわけではありません。
- 「本人が望んでいたこと」をベースに判断したことを、家族全員が共有・確認しておく
- 決断の経緯をメモや日記に残しておく(後で「あの時どう考えたか」を振り返れる)
- ひとりで抱え込まず、兄弟・配偶者・信頼できる親族と感情を共有する
- 医療者に「この選択は正しかったですか」と確認することも遠慮しないでください
罪悪感がどうしても消えないときは、どこかに相談できますか?
グリーフケア(悲嘆ケア)の専門家や、心理カウンセラーへの相談が助けになります。病院の緩和ケアチームや地域の「がん相談支援センター」でも、終末期に関わる家族の心理的サポートを受けられる場合があります。また、同じ経験をした家族が集まる遺族会・家族会に参加することで、「自分だけじゃない」という安心感を得られる方も多いです。
- 緩和ケアチーム(病院内): 終末期の意思決定に関わる心理的サポートを行っています
- がん相談支援センター: がん診療連携拠点病院に設置。電話相談も可能です(対象はがん患者の家族も含む)
- よりそいホットライン(0120-279-338): 24時間対応、無料で悩みを聞いてもらえます
- 心理カウンセリング: 医療機関・開業カウンセラーに相談。グリーフケア専門の資格を持つ方もいます
次の一歩 — 関連するテーマを調べてみましょう
延命治療のことは少し整理できました。次は「看取り」について詳しく知りたいんですが、どこから調べればいいでしょうか。
延命治療の選択と深く関わるテーマがいくつかあります。一つひとつ確認していきましょう。
- 看取り介護について詳しく知る — 自宅・施設での看取りの流れとサポート体制を解説しています
- 施設入居への罪悪感に向き合う — 「施設に任せることへの罪悪感」の正体と、気持ちの整理の仕方を考えます
- 介護の相談先まとめ — 地域包括支援センター・医療ソーシャルワーカーなど、相談できる窓口の一覧です
- ケアマネジャーを味方につける — 終末期の意思決定でもケアマネは大きな力になります。上手な関わり方を紹介します
延命治療の問題に正解はありません。大切なのは、本人の意思を確認しようとする姿勢と、家族が同じ方向を向いて話し合いを続けることです。一人で抱え込まずに、医療者・専門家・周囲の人を頼りながら進んでください。